大阪高等裁判所 昭和43年(く)19号 決定 1968年5月14日
少年 H・O(昭二四・五・一一生)
主文
原決定を取消す。
本件を神戸家庭裁判所尼崎支部に差し戻す。
理由
本件抗告の趣意は附添人弁護士鍋島友三郎作成の抗告申立書記載のとおりであるから、これを引用するところ、要するに原決定は少年の酒気の身体保有量につき重大な事実の誤認があり、又処分が著しく不当であるからいずれにしても取消されるべきであるというのである。
よつて本件の少年保護事件記載及び少年調査記録に基き所論について検討するに先立ち、職権をもつて調査するのに、原決定はその決定書の理由中に罪となるべき事実として家庭裁判所調査官赤松佐十郎作成調査経過意見書記載の本件非行事実を引用していることが明らかである。そして本件の右各記録中には調査経過意見書と題する書面は見当らないが、少年調査記録中に右赤松佐十郎作成の意見書が綴られており、右意見書の理由欄一項に「事案内容は雇主方所有の軽四輪貨物自動車を雇主に無断で乗り出し
イ、少年は法令に定められた公安委員会の運転免許をうけていない。
ロ、呼気一リットル中にアルコールが〇・二五ミリグラム以上を体内に保有していた。
ハ、車間距離短少のため、先行車に追突し、金二万五、〇〇〇円位の損害を与えた。
ニ、又、本件数日後ハの被害者林○夫(32)及び同人妻林○子(27)は鞭打ち症として夫々二週間の要治療傷害をうけている旨判明したと林○夫から申出があつた」。
という記載があるから、原決定は罪となるべき事実として右記載を引用したものと解するほかはない。そして原決定はこれに対する適用法条として道路交通法一一七条の二、一号、一一八条一項一号、六五条、六四条、刑法二一一条、四五条を掲げていることが明らかである。ところが、右意見書の記載によると少年が公安委員会の運転免許を有しないで、呼気一リットルにつき〇・二五ミリグラム以上のアルコールを身体に保有して軽四輪貨物自動車を運転中先行車との車間距離短少のため先行車に追突し、その結果先行車に乗つていた林○夫及び林○子の両名にそれぞれ加療二週間を要する傷害を負わせた事実を示したものとみられるが、犯罪の日時場所の記載を全く欠いているのみならず、道路交通法一一七条の二、一号の酒酔い運転の罪の一要件である同法六五条の酒気帯び運転の禁止の規定に違反したことを示すだけで酒に酔つて正常な運転ができないおそれのある状態で自動車を運転したものであることを明確にしていないし、又少年が自動車運転の業務に従事していたのかどうかの点や過失を認める前提となる具体的な事実関係とこれに基く具体的な状況の下における注意義務の存在について明示していない。もつとも、右記載中の「車間距離短少のため先行車に追突した」という部分は少年が自動車を運転して先行車に追従する場合に先行車が急停車しても追突することを避けうる車間距離を保持すべき一般的な注意義務に違反して進行した過失をいうのでないかとみられるけれども、少年が先行車に追従していた際の車間距離と少年の自動車の運転速度や先行車が急停車した際追突したのか、そうではないのか等過失を認めるについての前提となる具体的な事実関係が明らかにされていないから、右のように本件事故は少年が車両の運転者として先行車との車間距離を保持すべき一般的な義務に違反した過失による旨示したものとは認め難いのである。(各記録を精査しても、少年が先行車に追従していた際の車間距離やその時の少年の自動車の運転速度は全く明らかにされていないし、少年及び林○夫の各司法警察員に対する供述調書によると、先行車の運転手である同人は自動車(ニッサン、ライトバン)を運転し交差点を左折しようとしてその手前で方向指示器を点滅させ時速五粁ないし一〇粁で徐行しながら右交差点を左折する途中後方の少年運転の軽四輪貨物自動車に追突されたのであり、先行の同人の車が急停車した際の追突事故ではない旨の供述をし、少年も右事故当時の状況につき前方に左折しかけている右先行車に気づきながら酒の酔いのためハンドル、ブレーキ操作が充分できずにあつという間に追突した旨の供述をしており、これらによると本件事故は前記の如き車間距離保持の一般的な義務に違反した過失に基づくものではなく、むしろ右と異なる別個の注意義務違反による過失によるものではないかとみられるのであるが、原裁判所は本件犯罪事実のうち検察官から事件送致を受けず、家庭裁判所調査官の立件報告に基いて審判をすることとなつた業務上過失傷害の点については調査、審判の過程で過失の内容を明らかにしていない。)
ところで、少年審判規則三六条によれば罪を犯した少年の事件について保護処分の決定をするには罪となるべき事実及びその事実に適用すべき法令を示さなければならないと規定され、右規定は少年法四六条所定の保護処分の効力の限界を明らかにするため設けられたもので同条にいう「審判を経た事件」とは、保護処分の対象となつた決定書記載の犯罪事実のみを指す(昭和三六年九月二〇日最高裁判所決定参照)と解されているが、保護処分の決定について抗告が認められ、抗告の理由として重大な事実誤認も含まれていることも考え併わせると、保護処分の決定における罪となるべき事実の示し方は犯罪に対して責任を問い刑罰を科する刑事事件の判決書におけるほどの厳格性は要求されないにしても、犯罪を構成する具体的事実をある程度特定すべきであつて、前記の如く犯罪の日時場所を欠くのみでなく、保護処分を決定した理由となつている犯罪中の酒酔い運転の罪や業務上過失傷害罪を構成する具体的事実の表示に欠けている原決定は少年審判規則三六条に違反するものというべきである。そして、少年は未だ家庭裁判所において調査、審判を受けた前歴もないのであり、原決定が掲げる少年に対し収容処分を必要とする理由に引用されている前記意見書中の記載をみても、少年の経歴、家族関係、現在の職場での生活関係、素行等からみて特に問題とすべき不良化の傾向を認めず、本件の無免許、酒酔い運転による事故が危険性の大であることに重きをおいているものと認められるから、前記の如く保護処分決定の理由として犯罪事実の認定を明らかにしていない原決定は決定に影響を及ぼす法令違反があつて、抗告趣意について判断をするまでもなく取消を免れない。
よつて抗告趣意についての判断を省略し少年法三三条二項により原決定を取り消して、本件を原裁判所に差し戻すこととして主文のとおり決定する。
(裁判長裁判官 畠山成伸 裁判官 八木直道 裁判官 神保修蔵)